静かに穏やかに暮らしたいだけ

あとはもう、ゆっくり静かに自分のペースでやっていきたい。っていう日はまだ先。

モノ 二 シハイ サレタクナイ

私は今週とっても忙しい。

家事に仕事に、メルカリ業務に忙しい。


図書館が休館だったせいか、本がサクサク売れるよ。

クロネコさんが近いので、行きつ戻りつ、あー、またこの人かって思われてるよ。


とにかく、もう必要ではなくなって、でも捨てられないものが減っていき、

家の中に余白ができていくのは気持ちがいいね。

その余白に、


うつくしい ・:*+.\(( °ω° ))/.:+


って思ってしまうね。


コロナで経済的危機感を抱いた人は、生活をコンパクトにするという思考に至った人も

少なからずいると思う。

メルカリで、書籍 ミニマリスト って検索したら、案の定その手の本が出品され、

なんと定価より高くてもご購入されていて、これにはビツクリ。


数年前のミニマリズムブームはアメリカから波がきたように思うけど、

私にとっての、ミニマリズムの元祖はアメリカ女優のジョデイフォスターさん。


バブルの頃、羊たちの沈黙 という映画がヒットした。

私はちょっと怖い映画は苦手なので見なかったけれど、雑誌のインタビューでジョデイさんが

語っていた言葉は衝撃で今でもよく覚えている。


その頃ジョデイさんはホテルで暮らしていたんだって。私物のほとんどないなかで。


なぜ? という問いに


モノ 二 シハイ サレタクナイカラ って答えてた。



すごい衝撃だった。そのころ日本はバブルの真っただ中で、

みんなそれぞれのお財布に応じて、ジャンジャン物を買っていた。(ように思う。)


私もブランドには興味があまりなかったけれど、物欲はみなぎりあふれるほどにあって、

日々包装紙や紙袋を捨てるのにうんざりしていた頃だったから、


バキューン って やられた感じだった。


特に 「モノに支配される」っていうこの感性は、

日本人が自然と共存するのに対して、欧米人は自然を 支配 するっていわれる、

そういう気質というか国民的発想から来るのかもしれないけれど、

いずれにしても、


ものを もちたくない


っていうこの発想は当時のアメリカでも少数だったんじゃないかな。


ミニマリスト、シンプルライフ、コンパクト、断捨離。

こんな言葉を耳にするたび、「モノにシハイサレタクナイ」と言ったフォスターさんを思い出す。

カッコいいなあ、。


そして今日もわたしはメルカリにいそしみ、クロネコさんをお訪ねするよ。


ハッ!もう4時!? 時は金なり なのに、、。 アタフタ アタフタ


今日のお昼はこれ


と、これ。少ないでしょ? すべては


これをいただきたいから